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Channel: 山と土と樹を好きな漁師 ー「佐々木公哉のブログ」
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【訃報:東日本大震災の被災地に勇気を運んだ「燃える男」 星野仙一! 2013年の軌跡の楽天の優勝! 昨年、野球殿堂入りしたばかりだった】

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【訃報:東日本大震災の被災地に勇気を運んだ「燃える男」 星野仙一! 2013年の軌跡の楽天の優勝! 昨年、野球殿堂入りしたばかりだった】
 あの、燃える男・星野仙一が逝った。眠るように彼岸に旅立った。

 昨年2,017年1月16日に、2013年にチームを初の日本一に導いた星野仙一球団副会長(当時69)の野球殿堂入りが野球殿堂博物館から発表され、それからたった1年だった。
 これからの、日本野球界は大きな影響力を持った人であった。しかし、ガンという病魔には勝てなかった。
 衷心より、お悔やみを申し上げ、感謝の心を伝えたい。
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【あの奇跡的な優秀はどれほど東日本大震災後の被災地の人々を勇気づけたか】
 震災から2年目だった。2013年の軌跡の「東北楽天イーグルス」の優勝だ。
 あの頃はまだまだ、何の復興の目処も無いまま過ぎていた時間であった。
 東北被災地では、家族を亡くして力を落としていた人々。仮設住宅に住ん出る人は無論。被害にあった人たち全員があの優勝を心から嬉しく思い、喜んだ。
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【2013年と言えば、被災者の皆が、「生きていく勇気」さえなくし、金銭的な悩みを理由に自殺を含む、震災関連死が多発していた頃】
 人はだれでも、「将来が不安」になれば誰でも「生きる希望」を亡くしてしまう。 それは、絆とか友情とかに生きる希望を持つ人もいないではないが、殆どは、貧乏になったことである。「稼げない」=「収入が無い」=「将来が不安だ」という理由が一番多いのだ。
 それは、今も同じである。「なりわい再生」もうまく行かず、「雇用の場」もないから、13年と今現在もその環境は殆どは変化していない。
 ほとんの人は、「お金の苦」については、口には出さないし、言えない。のだ。
だが、被災地には今も「お金の苦」が実際は渦巻いているのだ。
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しかし、一時でも、
【あの星野監督率いる「東北楽天イーグルス」の優勝は、2011年の東日本大震災後の被災地の人々を勇気づけた】

 常に「お金の苦」=「将来の不安と焦り」がある。しかし、あの時の優勝は、確実に被災地の人々を勇気づけ、改めて、「生きていく決意」をした人もいるのである。
 彼は常々、『迷ったら前へ。苦しかったら前に。つらかったら前に。後悔するのはそのあと、そのずっと後でいい』という言葉を言っていました。その言葉を、何度も被災者に向けても発信しています。
 監督を辞めた後も、何度も被災地を訪れて、『苦しかったら前に。つらかったら前に。』という言葉を投げかけました。
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これに、強く同感した人は、相当多くいると思った。
 家族を亡くした人も立ち上がり、被災地では所得がえられないので夫婦で出稼に行ったりして家計をさえてきてるのです。
 確かにそのまま戻って来ない人も中にはいます。でも、いきてるのですから、いいではないですか? 津波で折角助かった命です。

昭和の野球選手がまた去って行きましたね。残念でなりません。
衷心より、星野仙一さんのご冥福を祈ります。 
                 合掌

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
東北ブロック新聞の河北新報が、昨年の2017年01月17日火曜日に以下のように報じている
【<星野仙一>被災地勇気づけた闘将】
http://www.kahoku.co.jp/tohokune…/201701/20170117_14025.html 
「選手に恵まれた」と謙遜するが、監督として率いた3球団でリーグ優勝したのはプロ野球史上3人だけの偉業だ。歴代10位の1181勝(1043敗53分け)も名将の証し。闘志むき出しで先頭に立つ姿は「闘将」と呼ばれた。
 
2013年にチームを初の日本一に導いた星野仙一球団副会長(69)の野球殿堂入りが16日、野球殿堂博物館から発表された。
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【創設9年目の東北楽天を戦う集団に変えた。就任時の宣言通りに東北を沸かせた】
 2013年、創設9年目の東北楽天を戦う集団に変え、初の日本一に導いた。11年の東日本大震災後の被災地の人々を勇気づけた。「東北を熱くする」。
就任時の宣言通りに東北を沸かせた象徴的な一戦が、今も語り草の13年の日本シリーズ第7戦だ。

2013年、創設9年目の東北楽天を戦う集団に変え、初の日本一に導いた。
 リードで迎えた九回を田中将大投手(現大リーグ、ヤンキース)に託した。救援とはいえ、前日に160球完投した投手の連投は昨今のプロ野球では極めて異例。
 それでも闘将は最後のマウンドを、シーズン24勝無敗で誰もがエースと認める田中に任せた。「意気に感じた」。田中が熱投で死闘に終止符を打ち、満場のファンは日本一に喜び、泣いた。
ーー以下略ーー

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