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Channel: 山と土と樹を好きな漁師 ー「佐々木公哉のブログ」
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【80歳まで30年ローンを組んだ直後の出来事に、落胆は隠しきれない。「心が折れそうだけど、そんな姿は見せられない。私が頑張らないと」】

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【80歳まで30年ローンを組んだ直後の出来事に、落胆は隠しきれない。「心が折れそうだけど、そんな姿は見せられない。私が頑張らないと」】
この方は私は良く知っている女性です。
「心が折れそうだけど、そんな姿は見せられない。私が頑張らないと」と言うのは、ホントに彼女らしい気骨ある言い方です。
また、並の男では負けるような心構えをしてる女性で、離婚した直後から子供3人を引き取り、12時間労働の水産加工会社の仕事をこなしていました。 
東日本大震災後に岩泉に引っ越していたことは知っていましたが、まさか、ダブル被災してるとは・・。

そりゃ、「80歳まで頑張る」と意気込み、30年ローンを組んだ直後の出来事に、落胆は隠しきれないでしょう。
▼2011-03-8 東日本大震災の田野畑村の現場
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2016/08/30の「台風10号岩手豪雨災害」
の宮古市、岩泉、田野畑村、野田村、久慈市などでは、このように、東日本大震災津波とのダブル災害を受けた人は沢山います。
魚屋、本屋、お菓子屋、雑貨屋、水産加工会社、貸冷蔵庫屋、中古販売会社、自動車整備会社、食堂経営などなど・・。
なにせ、豪雨で堤防が決壊して街の上流から水が入り、あっという間に4m~2m水没したのですから・。



この方々の中には、三浦早苗さんのように50代の人は少なくて、再度再建するのは、ホントに、心が折れてしまっていて食欲もないような人がいると聴いています。
 また、泥型付けなど目の前の仕事をやってはいるでしょうが、お先まっくらでまた、不安定な心になるのは確実です。僕のように長い不漁に長い不安と焦りのトンネルの中に入るのは行っていく感じがします。

【グループ補助金の現実と乖離した補助(個人事業は除く)】
東日本大震災では、このような事業をやってる方がの中には、同業者6社が組めば「お店、事業者)「再建の補助金」がありました。非常に使い勝手の良くない補助事業。むしろ被災者には使いたくさせたくないような制約ばかり多い事業です。

【グループ補助金とは】

「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業に応募し、認定を受けた事業者のグループに対して交付される補助金。
[補説]中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業は、東日本大震災で被災した中小企業などの施設・設備の復旧・整備を支援するための制度で、国と県が連携して8.5割の補助を行う。」
http://www.tohoku.meti.go.jp/koho/topics/earthquake.html#top
というもので、これまた「被災現場、実情などの実態と合っていない補助事業」なのです。何故なら小さい町村で同じ業種6人はいないし、一番多いい個人事業主が含まれないのです。とにかく、ハードルが高くなかなか因縁を付けてもらえないようにしてる感じがしました。
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復興相などは、これで地域産業が再生したと言っていますが、ウソです。
この事情の条件をクリア出来た人はホントに一握りです。むしろ、差別感が生まれ、被災者同士が歪み会うような事業となったのです。
ここが全く、被災者に寄り添った支援になていないのです。
このような、ことで東日本大震災で自己資金で再建した人は今度の災害で再復活するのはとても難しい現実にあるのです。

このような、問題はまだまだこれから沢山でくると思われます。

住宅があって復興ではないのです。貧乏になった人が何か生業などお金を稼げる事がなけば、生活再建したとは言えないのです。

東日本大震災の現場と乖離した補助制度は沢山ありましたが、本当に支援するのなら、まずは生業再建なんです。

復興庁も各省庁もそこを間違えています。住宅再建して復興したではなく、金を稼げて復興した。なんです。
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【自宅片付け「前を向く」 岩泉、震災と台風2度被災】
岩手日報  2016年9月12日
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20160912_1
【写真=震災と台風10号で2度
被災するも前を向き、家の周りの
後片付けをする三浦早苗さん
=10日、岩泉町袰野】
早く家族みんなのにぎやかな家に戻したい―。
東日本大震災で田野畑村羅賀(らが)の自宅が被災し、岩泉町袰野(ほろの)に自力再建した水産加工会社勤務の三浦早苗さん(53)は、台風10号の豪雨で自宅が浸水被害に遭った。11日で震災から5年半を迎えたが、避難所生活になったため同居していた幼い3人の孫とも離れ離れに。再び直面した自然の猛威にショックは大きいが、家族のだんらんを取り戻そうと前を向き、復旧作業に当たる。
 「たった3年でこんなになるなんて。早いよね」。2013年に新築したばかりの家は小本(おもと)川から氾濫した水が約2メートルの高さまで押し寄せ、1階が浸水した。電化製品や衣類などが泥水に漬かった。「80歳まで頑張る」と意気込み、30年ローンを組んだ直後の出来事に、落胆は隠しきれない。
 自身は台風以降、田野畑村で避難所生活を送り、3人の孫は次男の妻千明さん(24)の実家のある久慈市に避難。家族が離れた生活に寂しさは募る。
 2度目の被災で気持ちはくじけそうになるが、家族全員が笑顔で集まりたいとの思いで前を向く。「早く自分の家に帰りたい」という孫の声が後押しに。電気も水も途絶えているが、避難所から毎日、車で自宅に戻り片付けに取り組む。「心が折れそうだけど、そんな姿は見せられない。私が頑張らないと」と生活再建へ再び歩み始める。


【台風10号の産業被害 山と海の生活守り、美しい山、海はこんな辺鄙な地でこそ「最後の楽園」となると私は信じてるからなのです。】

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【東日本大震災と台風10号被害 地域産業を守りたい。山と海の生業を守り生活守りたい。手付かずの大自然の中での生活は日本の美しさの財産だと思う。】
 ここは、東日本大震災の経験と周辺市町村の団結が試されていると思います。例えば、2週間も断水、停電が続いてるところでは、風呂に困ってるでしょう。そこで、隣の田野畑村では、ホテル羅賀荘を岩泉町民に無料で開放しています。また、避難所も2箇所開放しています。こんな時は市町村の区切りなどないのです。
岩泉町の期間産業は、酪農と漁業と農業。殆ど田野畑村と似てる産業構造です。ただ、面積が広いのです。東京23 区の1.2倍あるのです。高齢化が進み、東日本大震災で沿岸部の人は外に転出届を出して元々高齢化率が高かった町です。

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【台風10号の産業被害 山と海の生活守り、美しい山、海はこんな辺鄙な地でこそ「最後の楽園」となると私は信じてるからなのです。】
岩泉では、「牛の様子が心配だ」「道路が陥没し、牛の出荷もサイロ詰めもできない」岩泉町の孤立集落からは、家畜を案じる人々の声がよく聞かれます。台風10号で道路が寸断された地域は酪農、畜産を営む人が多いのです。
 町中心部に避難した人は、残してきた牛が気掛かりでしょう。家畜の世話をするために避難しない人もいるのです。命が助かっても、収入がなければ生活できないからです。
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 また、牛舎が被災し、牛が流された農家も少なくない。通行止めによる餌の不足にも苦しんでいます。牛や豚は出荷が滞り、酪農家の多くは生乳を廃棄せざるを得ない状態です。
 被災地に大雨が降るたびにインフラの復旧は遅れ、日を追って事態は厳しくなるだけに、復旧作業は時間との勝負でもあると実感します。
 深刻なのは畜産にとどまらない。各地で水田が泥に埋まり、目前に控えた米の収穫ができなくなりました。用水路などの施設も破壊され、来年以降の作付けが危ぶまれるのです。
 この状況で懸念されるのは、農業をやめる人が増えること。山あいの地域で大規模化が進まず、高齢化が進み。「もう限界だ続けられない」との声が東日本大震災と同様に、多く出ている。
 しかし、生きがいを持って暮らす中山間の守り手を失うわけにはいかないのです。一日も早い道路の復旧が待たれる一方、先々も経営を続けられる復興支援が不可欠なのです。

 漁業に関しても同様です。沿岸北部を中心に漁船の転覆事故に加え、養殖施設や定置網など高波による被害が出ました。更に、サケ・マスふ化場などの被害も著しく、また、サケの回帰が減少するのです。東日本大震災の被害から立ち直りかけた時期だけに、再度の痛撃となっています。
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 商工業の被害も大きいが、全容は分かっていない。やはり宮古市や久慈市などは震災に続く打撃となり、事業者が資金繰りに困らないような支援が必要です。

心強いのは、達増拓也県知事の言葉「ためらわず、必要なお金はどんどん使ってほしい」と市町村に呼び掛けたのです。国は財政支援の姿勢を示しており、自治体は独自の事業を含めて早く復旧に取りかかってもらいたいことから出た言葉でしょう。

 なぜ、山深い地域や海の産業、暮らしを県民、国民で支えるのか。ここに、共通の理解も必要になります。
 




山や海の生活を守ることは県土、国
土を守ることにつながるからです。そこに人が住み地域を維持していくことは、長い間育まれた文化も守ることこそ大事なことです。それを深く心に刻み、都会の人と共有すべきと考えるのです。
東日本大震災と台風10号被害 地域産業を守りたいのです。山と海の生業を守り生活守りたいのです。
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手付かずの大自然の中での生活は日本の美しさの財産です。

美しい山、海はこんな辺鄙な地でこそ「最後の楽園」となると私は信じてるからなのです。

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【<台風10号>岩手死者20人に 被害822億円】
河北新報 2016年9月13日
http://www.kahoku.co.jp/tohokune…/201609/20160913_33070.html
岩手県で甚大な被害を出した台風10号豪雨は、13日で発生から2週間となる。
 県内の死者は12日までに、新たに1人増え、20人となった。依然、岩泉町で3人、宮古市で1人の行方が分かっていない。県は同日、台風豪雨による概算被害額が822億3425万円になったと発表した。調査が進めばさらに増える見通し。
 県警によると、8日に岩泉町二升石(にしょういし)の松橋川付近で見つかった女性の遺体は同町二升石、田代フクさん(73)と判明した。死因は溺死。県警は残る行方不明者4人の捜索を続けている。
 県によると、農業関連の被害は土砂流入による農地被害面積が23.4ヘクタール増えて350.0ヘクタールとなった。被害額は岩泉町など18市町村で計32億7100万円に上る。
 水産関連では県水産技術センター(野田村)でふ化場の浸水被害が明らかになり、6380万円の被害。稲などの農作物被害や酪農など畜産関連の被害集計が進んでいない。
 被害が集中した岩泉町では12日現在、395人が避難所生活を送る。道路寸断で孤立状態が続くのは5地区6集落で、住民26人が残る。10月初めにも解消できる見通し。
 町内で12日朝に断水していたのは726戸で、被害に遭った3513戸のうち約8割が復旧した。東北電力によると、停電は706戸で続いている。

「拡散希望」ー【岩泉町内でのボランティアが全く足りていません。盛岡からの道が復旧したので、アクセスの回復によるボランティアの増加など、支援の拡大を切望。】

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「拡散希望」ー【岩泉町内でのボランティアが全く足りていません。盛岡からの道が復旧したので、アクセスの回復によるボランティアの増加など、支援の拡大を切望。】

どうしても、ボランティア支援が欠かせません。

 岩泉町内のほぼ全域が被災し、各孤立集落でマンパワーが不足しています。特に高齢者が多く、一人暮らしの人もおおいです。
断水が2週間も続いています。

 盛岡からの道路の寸断などで支援の手が入りづらい状況が続いていましたが、国道455号の通行再開で「盛岡から直接来られるようになりました。どうかボランティアの支援をお願いします。
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※ボランティアの問い合わせは受付などは下記の通りです。

【岩泉町災害ボランティアセンター】
ボランティアセンター直通 090-7079-6035
http://iwaizumi-shakyo.or.jp/?p=612



どうぞよろしくお願いします。

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【<台風10号>岩泉で長引く断水 高齢者悲鳴】
河北新報 2016年9月13日
http://www.kahoku.co.jp/tohokune…/201609/20160913_33004.html

台風10号豪雨の被害から2週間となる岩手県岩泉町で、一部世帯の断水が長引いている。町は給水で対応するが、水くみ場が遠かったり、給水車の巡回情報が伝わらなかったりして、1人暮らしの高齢者らが水の確保に苦労している。

 町役場から車で10分ほどの岩泉地区の尼額(あまひたい)では取水源が破壊され、115世帯で断水が続く。住民257人が給水に頼る。
 1人暮らしの無職有原満子さん(77)は「給水車がいつ来ているのか分からない」とこぼす。毎日、自宅から約200メートル離れた湧き水のくみ場との間を5~6往復する。

 水を入れるのはプラスチック製衣装ケースの引き出し。車いすに積んで向かい、バケツで水をくむ。帰り道は坂や砂利道で車いすが揺れ、ケースから水があふれることもある。
 風呂には入れず、絞ったタオルで体を拭いている。近くに身寄りはなく、膝を痛めていて遠出はできない。「50年以上住んでいるが、ここまで大変な思いをするのは初めて」と復旧を心待ちにする。
 岩泉町の水道は12日現在、全3713戸の約2割に当たる726戸で断水となっている。断水戸数は減っているものの、破損した配水管の上にがれきや流木が堆積し、復旧作業が難航するケースもある。
 近くに住む農家の主婦(59)は高齢の父親と暮らす。飲み水を求めて支援物資がある避難所に電話で問い合わせると、「家屋が浸水被害に遭っていない人は対象外」と言われた。
 「農家なので野菜はあるけど、飲み水は買いに行かなきゃならない」。車はなく、唯一の移動手段である自転車で3キロ離れたドラッグストアに向かった。
 物資を管理する町税務出納課によると、配給は集落の自治会でつくる地域振興協議会が世帯ごとに必要な支援を聞き取り、報告を受けた町が配布する。
 ただ、協議会はボランティアで「地域ごとに温度差があり、被害を受けた人もいる」(同課)と十分に機能していない。町保健福祉課は「人手が足りない分はボランティアを活用し、個別のニーズを拾い上げるようにしたい」と説明する。

【またまた、粋な事をやってくれる三陸鉄道 ボランティアと被災者は無料。 被害に遭った沿線住民を少しでも応援。】

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【またまた、粋な事をやってくれる三陸鉄道 ボランティアと被災者は無料。 被害に遭った沿線住民を少しでも応援。】




 
 この前の9月1日からは台風10号被災地を支援するボランティアの運賃を宮古-岩泉小本間で無料にしていました。
 今度は15日から、北リアス線で「台風10号の被災者の運賃を無料」にする方針です。

 橋上和司旅客サービス部長が「被害に遭った沿線住民を少しでも応援したい」と話してるように、証明書を示すと乗車券をもらえtり、無人駅で乗車した場合、降車時に証明書を運転士に見せればOKです。
 欲を言えば、まだまだ、罹災証明の発行が遅れているので、あと15日延長して欲しいですがね。

県外のボランティアさんは、殆どが盛岡から宮古に入ってきますので、北リアス線の岩泉、または久慈まで行くのに便利です。
三陸鉄道自体が、赤字か黒字の境目にありますが、ここはお金ではないサービスが必要です。

素晴らしい、対応だと思いますね。

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【<台風10号>三鉄北リアス線 被災者無料】
河北新報 2016年9月15日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201609/20160915_33034.html
三陸鉄道(岩手県宮古市)は15日から、北リアス線で台風10号の被災者の運賃を無料にする。駅窓口で罹災(りさい)証明書を示すと乗車券をもらえる。無人駅で乗車した場合、降車時に証明書を運転士に見せる。
 三鉄は9日から台風10号被災地を支援するボランティアの運賃を宮古-岩泉小本間で無料にしている。15日からは久慈市に向かうボランティアも宮古-久慈間を無料とする。宮古駅窓口で自己申告してもらい、駅員が服装などを確認して往復乗車券を発行する。いずれも30日まで。
 橋上和司旅客サービス部長は「被害に遭った沿線住民を少しでも応援したい」と話す。

「多重ローンを組のはもう不可能」ー東日本大震災との今回の水害のダブル被災した人たちがかなり厳しい。皆が貧乏になったので経済は冷えきってし、長引くのは必至だ。

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【台風10号豪雨 国は「激甚災害に指定」 住宅被害に「被災者支援法適用」へ 台風被害の3市町】
政府は、14日<岩手県台風10号豪雨災害>を激甚災害指定を決定した。
また岩手県もそれに基づき14日、台風10号の豪雨で大きな被害が出た宮古市、久慈市、岩泉町に対し、【被災者生活再建支援法】を適用すると発表した。
 東日本大震災と同じように、住宅が全壊や大規模半壊した3市町の被災者は、審査を通れば世帯ごとに最大300万円を受け取れる。
 住宅が全壊したり解体が免れない場合は100万円、大規模半壊の場合は50万円の基礎支援金を支給。さらに、住宅を新たに建設・購入する場合は200万円、補修する場合は100万円など再建方法に応じた加算支援金が支給される。

 市町から罹災(りさい)証明書を交付された後で被災世帯が市町に支援金支給申請を行い、県が取りまとめ公益財団法人都道府県会館を通じて国に申請する。支援金は、国から2分の1、都道府県が拠出する基金から2分の1が支給される仕組みになっている。

【東日本大震災と水害のダブル被災した人たちの再建は困難】
 今回の水害だけの人ならいくらか足しになり、住宅再建はできるかもしれない。
しかし、問題は東日本大震災との今回の水害のダブル被災した人たちがかなり厳しい。300万円は消費税や取得税に消えていったし、かなり資材の高騰でようやく負債ローンを組んで再建した人は、また、ここでローンを組みことは不可能に近い話だ。

 
 
 今日、ずっと継続してる番組で東北版の「東日本大震災の被災者の声」でも、放送していた。宮古市の声だったが、「5年で2回の被災するとは全く考えていなかった、前にもこのくらいの豪雨はあったような気がするが、こんなことは無かった。また、豪富があれば同じような事が繰り返して被災するような気がして・・。今回はなかなか前に踏み出せない」かなりのショックは隠せない。
 そして、「住宅再建というよりも、やはりお金をどうして稼ぐのか? 前の水産加工商売で膨大な負債があり、3年半の間に顧客は完全に離れて取引すてくれるとこはなく、新規営業をはじめたばかりだった。ここで、加工場と住宅をまた。となると不可能に感じる」と夫婦で語っていました。
全くその通りだと感じた。東日本大震災からの復興で人生最後までの形で殆どの人がローンを組んでいる。最終払込は80歳などという人が殆どだ。これ以上の負債は破綻が危惧されて当然だ。
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ローンの開始が30代ではなく、殆どは45歳、50歳身体からだが、ここから、どうやって自分たちが生きていくための方向を決めればいいのか?

東日本大震災で全ての財産を失って、ゼロカラではなくマイナスからのスタートである。
罹災証明がでても、それを使えるかどうかはの判断はつかないダブル罹災の人がいることを知って欲しい。

そして、地域経済はほんとに、皆が貧乏になったので経済は冷えきってし、長引くのは必至だ。

小さな商売をするにしても、それが成り立つのか?さえ、分からない。これが、宮古市、岩泉、久慈市の現実であるし、周りに住んでいる三陸全体にも悪影響は及のであるから、ことは深刻だ。
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【<台風10号>罹災証明発行へ ようやく岩泉調査本格化】
河北新報  2016年9月15日
 台風10号豪雨から半月がたった岩手県岩泉町で、浸水被害に遭った住宅の調査がようやく本格化してきた。町は約1000棟の家屋が被災し、うち6割が全壊か大規模半壊の被害を受けたと見込む。調査が遅れれば、公的支援を受ける際に必要な罹災(りさい)証明書の発行が滞る。被災者には「生活が立ち行かなくなる」との不安が広がりつつあり、町は他市町からの応援も得て今月中の調査完了を目指す。

 町税務出納課の菊地辰美課長は「道路状況が悪く調査が進まない地域もあるが、全体としては加速している。罹災証明書を一日も早く発行できる態勢を整える」と話した。
 久慈市は建物2241棟を調査し、12日に罹災証明書の発行を開始。宮古市も2100棟の調査を終え、10月初めに発行を始めるたい方針だ。
【内陸自治体からも応援】
 町税務出納課の職員3人が13日、町北部の安家(あっか)地区に入った。住宅を1軒ずつ回り浸水の高さを計測したり、写真を撮るなどして記録。住人に聞き取り、チェックシートに書き込んだ。
 床下浸水と判定された佐藤ミツさん(80)は「他に比べれば被害はましかもしれないが、泥を出す作業は自分だけではできない。早く公的支援を受けられるようにしてほしい」と望む。
 調査は3日に開始。被害程度に応じて「全壊」「大規模半壊」「半壊」などと判定する。当初は職員3人だけで、1週間で回れたのは約230棟だった。
 12日から調査に9人、データ処理に3人を投入し、14日までに対象の約2000棟のうち約500棟の調査を終えた。15日からは盛岡市、花巻市、矢巾町の応援職員11人も加わる予定だ。
 町は10月初めにも罹災証明書の発行を始める方針。住民にとって、公的支援は生活再建への一歩となる。
 同町岩泉の三上厚子さん(62)は自宅1階が約1.5メートル浸水し、夫と2階で寝泊まりする。「もう寒くなってきた。夫は心臓に持病があり、壊れた壁などを修理したいが年金だけでは難しい。被害調査は受けたので、早めの公的支援をお願いしたい」と求める。

「拡散希望」ーー 【久慈、岩泉では東日本大震災の被害を上回る件数になるのは確実な状況。 被災者は国や県の支援策が発表になるまでは動かず、大きな決断は絶対い避けてください】

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「拡散希望」ーー
【久慈、岩泉では東日本大震災の被害を上回る件数になるのは確実な状況。 被災者は国や県の支援策が発表になるまでは動かず、大きな決断は絶対い避けてください】

 東日本大震災でも、まず不安になるのは、「自宅再建いつになるか?」です。焦る心は誰もおなじですが、まだ、罹災証明調査が終わっていないのです。まずは、役所の罹災検査を受けてからですね。全ては、罹災証明書ができてはじめて、物事ははじまります。

【間違いなく役所ではこのように区別します。】
・東日本大震災とダブって罹災してる人
・今回の台風10号で罹災してる人
・住宅だけの罹災か? ・住宅兼店舗などの罹災か?
避難生活が2週間です。住民には「とにかく住む所を何とかしたい」と思うのはもっともな話ですが、罹災した方には、いろいろなケースがありますから。

 
 宮古市では、床上浸水などで自宅に住めない被災者を一時避難場所として「東日本大震災の仮設住宅」の空き室に入居しているようですが、こんな緊急災害時に中央の意見は後からで良いと思います。このような対応を柔軟に首長がどんどん進めて行くべきだと思いますよ。
(※復興庁の規定があり、「東日本大震災の仮設住宅」には、東日本大震災の被災者しか入居できない規定になっているからです。)
【久慈、岩泉では東日本大震災の被害を上回る件数に】
とにかく、これはまだまだ役所の人も東日本大震災の事業も並行してすすめなけばならないので、役所の事態が人で不足になっています。台風10号被害の被害を確認するだけでも時間がかかります。
宮古市、久慈市などは街全体が床上浸水しましたが、いつでも罹災証明を出せる状況になっています。それでも、判断はまだまだ先です。

久慈、岩泉では東日本大震災の被害を上回る件数になるのは確実です。
東日本大震災の時は、殆どが「流失」でしたから案外時間はかかなかったのかも知れません。

【不安と焦りが募るのは理解できます。】
でも、この調査が終わらなければ何も前には進めないんは事実です。 それまでは、つらいですが、避難所で待つしかないですね。
その後、国の支援事業などが明らかになってくるはずです。

【とにかく今は下手に動かない方が無難です。】
何故なら、僕の経験ですが、自分で焦り、船を見つけて、突っ走り、後になって補助事業が出て、補助に採択されなかった苦い経験があります。住宅でも同じような経験をした人が沢山います。
まだ、わかりませんが、住宅再建の補助や生業再建の補助などなど出てくるとおもいます。これも罹災程度によって金額も何もかも変わってくるので、焦らないでください。

▲インターネットでは、官邸から制度の発表がありますので後で確認してください。
【政府官邸発表で、随時発表されます。随時更新されるのでなどのも確認を!】
・官邸発表ー東日本大震災は

http://www.kantei.go.jp/saigai/index_archive.html
・台風10号被害関係は、
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201609/2_p.html
これを、良く見ながら
岩手県の情報もわかります。このページです。
http://www.pref.iwate.jp/shinsaifukkou/
後は地元自治体の広報などを確認してください。
とにかく、今の段階で焦る気持ちから単独で大きな決断をすべきではありません。全てはまず、個別の罹災証明の発行までは、待つしかありません。
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【避難生活に疲労の色 本県台風被災地、自宅再建いつ】
岩手日報  2016年9月14日
台風10号豪雨で自宅が被災した住民から、新たな住まいの見通しが立たない不安の声が上がっている。県によると13日時点の県内の住宅被害は1432戸。岩泉町と宮古市は調査中で、今後大幅に増える見通しだ。被災市町は自宅が被災した住民に対し仮設住宅への入居や自力再建などの意向確認を進めているが、避難生活が長引く住民には「とにかく住む所を何とかしたい」と疲労の色がにじむ。
 岩泉町は家屋の被害調査と仮設住宅の意向調査を並行して進める。ただ家屋の調査対象は2500戸に及ぶ見込みで、
 家屋被害は岩泉、小川、小本、安家地区に集中し、町は仮設住宅のニーズを確認した上で各地区に整備する考え。町内には東日本大震災の際に整備した仮設住宅が小本地区に64戸あり、うち49戸が空室だが、台風被害者に貸し出すかは決まっていない。
 宮古市では、床上浸水などで自宅に住めない被災者86世帯183人が一時避難場所として東日本大震災の仮設住宅の空き室に入居している。期間は原則3カ月以内で、市は自宅の補修が3カ月で終了しない場合は個別に対応する方針だ。
 久慈市は大規模半壊以上の被害を受けた117世帯に対し住宅再建の意向調査を行っており、12日現在、半数近くの53世帯が応急修理を希望している。
【写真=自宅(右奥)が被災した住民(左)。1階を修繕するまで仮設住宅への入居を希望している=13日午後2時50分ごろ、岩泉町門】

「拡散希望」ー <台風10号災害・岩手県>【人でが足りません。 ボランティアの方々宜しくお願いします】

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<台風10号災害・岩手県>【人でが足りません。 ボランティアの方々宜しくお願いします】
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今日から連休にはいります。どの被災地もボランティアが不足しています。 この3箇所でボランティアを募集しています

画像:【9月16日(金)朝の打ち合わせの様子、岩泉町活動】









道は開通しました。バスも運行されています。

多くのボランティアの方々が来て下さる事を願っています。

道も幹線道路はかなり通行可能となりました。
・盛岡~久慈間(国道340号、28号)
・盛岡~宮古間(国道106号)
・盛岡~岩泉間(国道445号)



『詳しくは、以下のとおりのボランテアセンターへ

お問い合わせください。』

・宮古市「宮古市災害ボランティアセンター」
 TEL 090-4478-3984 http://blog.goo.ne.jp/miyakovc

・久慈市災害ボランティアセンター(久慈市社会福祉協議会内)
 TEL 0194-53-3380 http://www.kuji-shakyo.jp/index.html

・岩泉町災害ボランティアセンター
 TEL 0194-22-3400 http://iwaizumi-shakyo.or.jp/?p=612
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【水害ボランティア作業マニュアル】

 
水害ボランティアの服装や装備について、定番の「水害ボランティア作業マニュアル」です。
ボランティア活動を検討している方は、活動に入る前に参考にしてください。


◇水害ボランティア作業マニュアル(PDF)
http://rsy-nagoya.com/volunteer/image/suigai-manual.pdf
出典:認定特定非営利活動法人レスキューストックヤード

東日本大震災と重なって被害を受けてるとこが、半分はあります。
台風16号が来る前に、なんとしても家の中の泥などは片付けたいのです。長引くと不衛生になりまうす。
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どうか、力をかしてください。

「拡散希望」ー【北三陸の東日本大震災と台風10号豪雨被災地の二 重被災地にボランティア活動に来て欲しいです。】

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【北三陸の東日本大震災と台風10号豪雨被災地の二

重被災地にボランティア活動に来て欲しいです。】


昨日は、シルバーウイークの初日。被災地には、岩泉町を中心に宮古市、久慈市にも約、800人のボランティアの方々が活動してくださいました。これでも、まだまだ人手が足りていません。何故なら凄く面積が広く、四国4県にほぼ匹敵する広さです。そこに集落が点在してるからです。そして、台風16号が襲来する前に、泥を被災した家から出さないと、またやり直しになります。


『詳しくは、以下のとおりのボランテアセンターへお問い合わせください。』
・宮古市「宮古市災害ボランティアセンター」
 TEL 090-4478-3984 http://blog.goo.ne.jp/miyakovc
・久慈市災害ボランティアセンター(久慈市社会福祉協議会内)
 TEL 0194-53-3380 http://www.kuji-shakyo.jp/index.html
・岩泉町災害ボランティアセンター
 TEL 0194-22-3400 http://iwaizumi-shakyo.or.jp/?p=612
どこにも、無料宿泊施設が用意されています。


【<台風10号>東日本大震災からの大不漁にまた悪影響は必至 大型定置網は赤字連年続くと推定される。 漁業組合の累積赤字は増える覚悟か】

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【<台風10号>東日本大震災からの大不漁にまた悪影響は必至 大型定置網は赤字連年続くと推定される。 漁業組合の累積赤字は増える覚悟か】

以下のように、台風10号による「サケ・マスふ化場」の被害が大きい。
県によると、浸水や損壊の被害に遭った県内のふ化場は10施設。このうち下安家、県営県北(野田村)、松山(宮古市)、小本(おもと)(岩泉町)は泥のかき出しや電気設備の復旧が進まず、本年度中の稼働が難しい。
 4施設の生産数は計約8880万匹で、ふ化できない場合、県全体の放流計画は大きく後退する。

どこも、東日本大震災を上回る被害だ。


 サケの漁獲は一昨年までは、震災前に放流していたサケを獲っていた。それが、昨年で終わりサケの漁獲は半減で終わり、今年はもっと少ない漁獲と予想される。ピーク時の20%にもみたたない。(※サケは放流後、大体4年で殆どが戻ってくるが、中には3年。5年。6年。という魚もいるから、昨年はこの漁であった)


大型定置網は、国の震災復興補助事業で手厚い補助があり復興し4年目にしてこの台風10号。
孵化場も、県営、市営、町営、漁協運営とその河川などの規模で違う。今回は河川が大きいので、県営、市営がほとんどだから放流数も多いふ化場だらけである。
恐らく、これは完成してる施設なので東日本大震災のような手厚い補助にはならないだろうと思われる。
県、被災自治体がどのような「災害復旧事業」をするか? 漁業管理の負荷上では、
「災害復旧事業」できるかどうかも今では分からない。


サケ孵化場の放流数に、水揚げに比例するが、近年、サケが4年間で育つオホーツク海、ベーリング海などの地球温暖化で激変して、サケが戻る率=回帰率が減少している。ピーク時の20%位な程度だ。この先も回帰率の回復は増々下がると予想される。
これで、定置網の従事者漁師は雇用されるか? 赤字でも定置網をこの先やっていって採算に合わない定置網は辞めざる得なくなるだろう。これは、漁師の失業を意味する。
また、定置網以外の小型漁船の漁師はサケには当分期待できない状況は続く事になる。
すでに、北海道などは史上最低の水準漁であり、三陸も同じように漁獲量の激減の長期化はまのがれまい。

三陸の基幹産業である水産業の低迷はまず、長期にわたって低迷しするのは必至だ。

漁師生業再建、水産加工関連、などなど雇用も生まれず経済の復興は大幅に遅れ、難しい局面に入っていくのは間違いない。

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【<台風10号>サケふ化事業 深刻ダメージ】
河北新報 2016年9月17日
台風10号豪雨が岩手県のサケふ化事業に深刻な打撃を与えている。県によると、ふ化場20カ所のうち下安家(あっか)ふ化場(野田村)など4施設が浸水や土砂流入で壊滅的な被害に遭った。
 採卵に必要な秋サケの回帰ピークとなる11月までの再開は難しい状況だ。県が来春の放流を予定する稚魚は4億30万匹で、4施設はその2割以上を生産する計画だったため、県は割り当ての見直しを迫られる。
 下安家ふ化場は施設全体が浸水し、大量の土砂や流木が堆積している。運営する下安家漁協の島川良彦組合長は「東日本大震災を上回る被害だ。サケはたくさん上がって来るのに何もできず、収入源を失った。3~5年先の収入にも響くだろう」と途方に暮れる。
 県によると、浸水や損壊の被害に遭った県内のふ化場は10施設。このうち下安家、県営県北(野田村)、松山(宮古市)、小本(おもと)(岩泉町)は泥のかき出しや電気設備の復旧が進まず、本年度中の稼働が難しい。
 4施設の生産数は計約8880万匹で、ふ化できない場合、県全体の放流計画は大きく後退する。
 県は、県さけ・ます増殖協会など関係団体と協議し、4施設分の卵を稼働可能な近隣のふ化場に割り当てることを検討する。
 受け入れには限度があるため、ふ化した稚魚をすぐに放流して飼育期間を省くなど、作業の負担を少なくする方法を練っている。
 県内のサケの稚魚放流数は、震災の津波でふ化場が被災して落ち込んだ2012年の2億9100万匹から徐々に回復し、14年以降は4億匹前後で推移している。
 県水産振興課の中井一広振興担当課長は「サケは県の水産業で最も重要な魚種。稚魚を放流できないと4年後に回帰する主力の4歳魚に影響する。関係団体と協力し、計画通りに採卵して放流できるよう努める」と話す。

安倍晋三に政治利用されてきた被災者。 「被災者と寄り添った復興を進める」ウソだった。災害弱者を見捨てる政治はやめて、真摯に被災者と向かうべき。 

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安倍晋三に政治利用されてきた被災者。 「被災者と寄り添った復興を進める」ウソ。災害弱者を見捨てる政治はやめて、真摯に被災者と向かうべき。
激甚災害された台風10号での二重に被災した被災者の取り扱いはどうなるのか? 早期に被災者に明確に方針を示して欲しいのだ。
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台風10号被害の特徴は、過去にも例のない災害。
 「東日本大震災」の地震と津波の自然災害で復興途中だった事業が沢山残る中で、過去に例がない台風の東北直接上陸での豪雨災害の被災地が重なったことだ。
今村雅弘復興相は16日の閣議後の記者会見で、東日本大震災と先月の台風10号豪雨で二重に被災した岩手県内の漁業施設などの復旧費について、震災被害の復旧が終わらない段階で台風被害を受けた場合、復興予算を充てる方針を示した。
 今村氏は15日、宮古市などを視察し、震災と台風10号で被災した施設復旧に震災復興予算を活用するらしい。
 しかし、これはあくまでも、復興工事中のあの悪しき巨大防潮堤の話であって、直接、被災者への対応を話したわけではない。

一番大事な事が抜けている、あの防潮堤など被災者にとっては不要なもので、工事をやめてもいいくらいだ。
海が見えないために亡くなった人は実に多い。「人は津波が見えて逃げる」この教訓は何度も請願したが生かせれなかった。更に、防潮堤の背後には住宅は建てられない。だから、ひとが住んでないのにこの高さの防波堤は一体誰を守る壁なのか? 現場に来ないで考えるからだし、縦割り行政の無駄遣いがここにもある。しかも、ゼネコンばかりが喜ぶ膨大な予算だ。(自民党議員の懐もかなり潤った事はまちがいない。)この予算を被災者の生活復旧支援に回してほしかった。しかし、時はすでの遅し、何度も請願しても聞き入れない政治って何のためにあるのか分からない今の日本の縮図がここ三陸にある。
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問題は、そこに住んでいて台風10号豪雨で二重に被災した被災者のこれからの復興のことである。
東日本大震災の被災者には、5年6ヶ月で2つの被災をしたことになりこれも、復興半ばでの話。
 台風10号豪雨は激甚災害されたが、この二重に被災した被災者の取り扱いはどうなるのか? 明確に方針を示して欲しいのだ。
でなけば、岩手県、被災自治体のこれからの対応。そして、何より二重に被災した被災者は露頭に迷う事になる。

政府官邸はいつもそうである。それは「被災者が不安になる」ことは後回しすることだ。
 東日本大震災の津波被災者には、遅くてハード事業だけに特化した復興だったと言える。だから、今での13万人の人が避難生活や仮説住宅から出られないでいる。6年半経過して誰がこんなに復興が遅れると当初に想像しただろう。
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イメージ 3フクシマなどはもっと酷い現実にある。除染土だけが増えただけで、ほとんど何も復興していない。そして、あろうことか、線量が低くなったとウソいい、避難区域解除した。それは、まるで狂人的とも言えことだ、国民の健康も考えない・・。かと思う。
まだ線量が高い所に被災者を住まわせようと躍起になっている。考えられない、恐ろしい政治がまかり通っているのが現実なのだ。
 とにかく、あの総理になって、原子力村の言いなりになって、他の原発はフクシマは見捨てて再稼働させている。この有り様で4年経過してきたのだ。
安倍晋三によって、やはり弱者は見捨てられた。


安倍晋三はこれまで、テレビのインタビューには「被災者と寄り添った復興を進める」とこれまで、何度も災3県を尋ねる度にそう話してきた。
しかし、待てど暮らせど、現実にには、「その場だけの話で」具体的に被災者に対する予算措置も法的措置も新たに変わる事は無かったのである。つまり、被災者をその場限りの話でごまかした事になる。
要するに彼は被災者を利用した。「テレビ国民にはいいことをいうなあ」と思われる事だけの放送をさせて、選挙で有利になるように自分の支持率を上げることだけを考えての言動である。他の事を見てもその手口は沢山ある。
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 一般の人にはなかなか分からないだろうが、 被災者に獲ってそれはダマサれてきて、この不信感は積りに積もっている。増々不安材料が増えたのだ。
 こういうことを書くと、「被災者に対する予算措置が必要なら、批判的な事は言うな」という忠告はたくさんあり、それも承知している。

 しかし、これまでのあまりにも酷いやり方にも黙っていられる冷静さを私は持っていないし、それよりも多くの支援者などのこうした真実を知ってほしいのである。



激甚災害された台風10号での東日本大震災との二重に被災した被災者の取り扱いはどうなるのか? 
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 住宅災害、中小企業被災、漁業者被災、畜産、農業被害を受けた人への、具体的、法的措置、支援制度の確率を急ぐべきだし、県、被災自治体も強く要請して、いくらかでも、早期に被災者に明確に方針を示して欲しいのだ。

これは、被災者共通の心の叫びである。
ウソは辞めて、本気での対応をして欲しい。 
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【<台風10号>震災と二重被災 復興予算を充当】
河北新報 2016年9月17日
www.kahoku.co.jp/tohokunews/.../20160917_31015.html
今村雅弘復興相は16日の閣議後の記者会見で、東日本大震災と先月の台風10号豪雨で二重に被災した岩手県内の漁業施設などの復旧費について、震災被害の復旧が終わらない段階で台風被害を受けた場合、復興予算を充てる方針を示した。
 今村氏は「震災復興で修理している途中で台風被害に遭った防波堤の復旧は、復興庁の予算で賄う。いったん完成して壊れた施設は一般的な対応になる。(両方のケースが)重なる場合は、弾力的に対応していきたい」と述べた。
 今村氏は15日、宮古市などを視察し、震災と台風10号で被災した施設復旧に震災復興予算を活用する考えを明らかにしていた。

【豊洲盛り土問題で犯人ははやい、石原慎太郎だった。だがそれをどこのマスコミもダンマリをつづけてる。舛添ではあんなに叩いたマスコミはいったどこにいくのか】

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【豊洲盛り土問題で犯人ははやい、石原慎太郎だった。だがそれをどこのマスコミもダンマリをつづけてる。舛添ではあんなに叩いたマスコミはいったどこにいくのか】

今のマスコミはなんの力もなく、なんの魂もない。

ワイドショーのテレビも風見鶏。

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だから、殆ど自分はテレビをみなくなった。見てると世論操作してる裏がボロボロだ。NHKのニュースやフジなどのニュースはあまりにも露骨な官邸ワッショイだ。

さて、この石原の厚顔無知ぶりよりもさらに仰天したのは、テレビマスコミの尻込みっぷりだ。
 連日、あれだけ盛り土問題を嬉々として報じていたワイドショーだが、東京新聞のスクープを受けて朝の情報番組からこの“石原慎太郎の責任追及”でもちきりになるかと思いきや、まったくそうはならなかった。
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何が正しくて、なにが悪いのか・・? その分別さえ失ったマスコミ。
セコイことで叩かれ辞任した舛添。弱い者いじめか?
石原と舛添のこの報道の違いはなんなのか・・?

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ジャーナリストとしての本命、使命をなくしてしまった魂抜けしたマスコミたちである。
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【豊洲盛り土問題で犯人が石原慎太郎だとわかった
途端、ワイドショーが一斉沈黙!「下から聞いただ

け」も嘘だったのに】
リテラ 2016-09-17
大騒動となっている東京・豊洲新市場の「盛り土」問題だが、その“戦犯”について、東京新聞15日朝刊が重要なスクープを報じた。豊洲新市場の主要な建物の下に盛り土がされていなかったことについて、石原慎太郎元都知事が在任中の2008年、現在地下にたまっている強アルカリ性“汚染水”の元凶と見られている“地下コンクリート箱”案をゴリ押ししていたことがわかったのだ。

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石原慎太郎公式サイトより
 
石原氏は08年5月16日の会見で「もっと費用のかからない、しかし効果の高い技術を模索したい」と説明。その後、専門家会議の座長が「新しい方法論を試すにはリスクが高い」と指摘したのに、同23日には「その人の専門性というのはどんなものか分からない」などといちゃもんをつけた。さらに、専門家会議が盛り土計画を固めていたにもかかわらず、同30日には「コンクリートの箱を埋め込むことで、その上に市場とかのインフラを支える、その方がずっと安くて早く終わるんじゃないか」と持論を展開していたのだ。
 これはどう考えても、石原がゴリ押しする“コンクリ箱構想”を役人が忖度して、本来、盛り土になっていなければならない地下空間が“ナゾの水浸し”となる異常事態になったと見るべきだろう。
 しかも、石原氏はこの3日前、BSフジ『プライムニュース』に出演し、こんな強弁をしていた。
「僕は騙されたんですね。言葉は悪いかもしれないけど、めくら判を押されたというか、つんぼ桟敷に置かれたっていうかね。結局ね、してない仕事をしたことにして予算出したわけですから、その金どこ行ったんですかね」
 次々と障害者差別を助長する表現を繰り出す様にも呆れるが、しかし、在任中に自分で注文をつけておきながら、「騙された」と被害者面とは、つくづく、この男は恥というものを知らないのか。
 しかし、この石原の厚顔無知ぶりよりもさらに仰天したのは、テレビマスコミの尻込みっぷりだ。
 連日、あれだけ盛り土問題を嬉々として報じていたワイドショーだが、東京新聞のスクープを受けて朝の情報番組からこの“石原慎太郎の責任追及”でもちきりになるかと思いきや、まったくそうはならなかったのだ。
 朝や昼の情報番組とワイドショーでは、かろうじて『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)と『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)が石原の責任に言及したが、他の番組では東京新聞のスクープそのものを完全にネグってしまったのだ。

繰り返すが、テレビのワイドショーやニュース番組は、ここ数日、この「盛り土」問題を大々的に取り上げ、出演者も「なぜこうなったのか」「誰の指示でやったのか」と犯人探しや縦割り行政批判をしたり顔で繰り返してきた。それが、いざ“石原戦犯”を指し示す証拠が出てきたとたんに、一斉に別人のように黙りこくったのだ。
 ほんの一昨日まで、行政批判に目を輝かせていたテレビはどこへいったのか。この奇怪な状況が意味するのは、やはり、石原批判がいまでも“メディアタブー”になっている、という事実だろう。
 本サイトでは何度か解説してきたが、周知の通り石原氏は芥川賞選考委員まで務めた大作家で、国会議員に転身後は都知事にまで上り詰め、その間、ずっと保守論客として鳴らしてきた。そのため、“作家タブー”のある出版社だけでなく、テレビなどマスコミと非常に密な関係を築いており、日テレなどは幹部がべったりで、テレ朝は石原プロモーションと結びついているため、ほとんど手が出せない。
 この結果としてマスコミの間でできあがったのが、どれだけ石原が税金で贅沢三昧をしても、都政の不透明なカネの動きが判明しても、はては公務のサボり疑惑が浮上しても、ほとんど追及を受けることがないという、グロテスクな“石原タブー”だった。
 今回の東京新聞による石原発言のスクープ前後のテレビマスコミの豹変も、この構造がもろに出たということだろう。
 しかも、これはたんにマスコミのへっぴり腰に呆れ果てているだけでは済まない。実は、石原が“コンクリートの箱”案をもち出した背景には、設計事務所やゼネコンとの癒着疑惑もちらついている。さらに、豊洲新市場をめぐっては業者の落札をめぐる不正疑惑も浮上している。
 しかし、この調子だと、石原タブーとともにこうした疑惑追及そのものがうやむやになってしまいかねないのだ。この国のテレビはいったいどうしてしまったのだろう。
(宮島みつや)

【<台風10号>応急仮設住宅 家を無くした被災者からは冬前設置を要望。 東日本大震災の仮設住宅の空き部屋など一部活用も 】

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【<台風10号>応急仮設住宅 家を無くした被災者からは冬前設置を要望。 東日本大震災の仮設住宅の空き部屋など一部活用も 】

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 台風10号の豪雨から早いもので、半月以上が経過した。
被害が甚大な岩手県岩泉町では、住民から応急仮設住宅を求める声が上がり始めているようである。
 伊達勝身町長は「それほど時間をかけずに対応できるだろう」と述べ、冬前には建設できるとなはした。

▼避難所を訪れて、避難してる人の要望を聴く
伊達勝身町長

「避難所にプライバシーはないし、自宅は被災して、今戻ることは不可能。先の見通しが立たないことが不安だ。早めに仮設住宅に移りたい」
 岩泉町民会館に避難する男性(36)は疲れた表情で話す。70代の母親と2人暮らし。氾濫した小本(おもと)川近くにある2階建ての自宅は高さ約2メートルまで浸水し、1階は泥に埋もれた。重機による土砂撤去のめども立たない。
 各地区住民による地域振興協議会の目視調査では、全約4600世帯のうち、概算で計約600世帯(17.3%)の住宅が全壊か大規模半壊したとみられる。町職員らによる詳細な被災家屋の調査も本格化している。
 町は9日、仮設住宅への入居希望など大まかな意向を把握する調査を始めた。20日に締め切り、集計する。居住ニーズを把握すれば、町は仮設住宅の建設主体などに関する県との協議が進むとみている。
 東日本大震災の時は、6ヶ月以上かかりようやく完成した。半年も避難所にいたのだから、今思えば大変な長さである。
あの時は仮設住宅建設業者がその多さに、完全に一気には手が回らなかったのだ。
▼東日本大震災の仮設住宅の建設状況、3月11日被災して8~11月まで完成するのに時間がかかった。
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▼東日本大震災の仮設住宅の入居期限と市町村の今後の方針と入居世帯数(2015年3月現在)

 
 
 今回は、宮古市、久慈市などが必要であれば仮設住宅をつくり事になる。
一般的に仮設住宅の建設期間は着工から完成まで3、4週間程度が必要。迅速な用地選定が早期完成の鍵となる。
 伊達町長は「新たに用地を確保する必要はそれほど多くない。
場合によっては学校の一角への建設を検討しなくてはならない」と、候補地の検討に入ったことを示した。
 被害は町全域に広がっており、町内6地区の町有地を中心に立地場所を選ぶ方針。入居者の希望を踏まえて早急に県と調整し、11月前後の建設を目指す。
 町は生活再建の加速を図るため、県が東日本大震災で町内2地区に建設した仮設住宅143戸の空き部屋の活用を検討するという。

▼東日本大震災の仮設住宅(今も残っている岩泉町の小本地区仮設住宅)


東日本大震災の仮設住宅の空き部屋など一部活用も検討するようである。
現に宮古市では、東日本大震災の仮設の空き部屋を今回の台風10号の被災者に既に利用させている。


それにしても、震災で造った仮設住宅が別の災害で利用されるとは・・・。
まさかの二重災害である。
異常気象で何が起きるかわからないと痛感する。
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【<台風10号>岩泉町長が避難所を初訪問】
河北新報 2016年9月18日
http://www.kahoku.co.jp/tohokune…/201609/20160918_33003.html

クリックすると新しいウィンドウで開きます台風10号豪雨で甚大な被害が出た岩手県岩泉町の伊達勝身町長は16日夜、住民の避難所になっている町内の龍泉洞温泉ホテルを初めて訪れた。食事のためロビーに集まった被災者に声を掛け、手を握ったり肩を組んだりしながら励ました。
 同ホテルには、一時孤立状態になった山間部の集落から149人が避難した。伊達町長は「大変な状況の中で皆さんが元気で安心した。早い時期に訪れたかったが、全体の流れが見えず被災者と話す時間が取れなかった」と述べた。
 住民とのやりとりに関しては「町長ももっと頑張れ、と励まされた。橋や生活道路がなくなったので早く復旧してほしいとの要望があった」と説明した。
 4日からホテルで生活する鼠入(そいり)地区の農業中村チヤ子さん(57)は「町長の訪問はありがたい。住む家がないと心配する人が多いので、仮設住宅の説明があれば良かった。集落への道路が寸断されていることも心配」と語った。
 岩泉町内には同ホテルを含め4カ所の避難所があり、計348人が避難生活を送っている。
 町は台風が上陸した8月30日、全域に避難準備情報を出したものの、避難勧告は安家(あっか)地区の一部に出しただけで、危機管理の不備が指摘されている。

【「敬老の日」を前に総務省は18日、65歳以上の高齢者の推計人口を発表しました。高齢者人口は3461万人(総人口に占める割合は27.3%)で過去最多を更新。】

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「敬老の日」を前に総務省は18日、65歳以上の高齢者の推計人口を発表しました。高齢者人口は3461万人(総人口に占める割合は27.3%)で過去最多を更新。
 


15日時点の高齢者人口は3461万人(総人口に占める割合は27.3%)で過去最多を更新。男女別で男性は1499万人で男性全体の24.3%。女性高齢者は1962万人で女性全体の30.1%を占め、初めて3割を超えました。

これから、爆発的に増えて行く高齢者。自分もこの中に入るのです。寿命が伸びてる上に、少子化で高齢化率はどんどん増えるでしょう。2015年の高齢者の人口移動を見ると、東京都や大阪府で転出超過の一方、埼玉、千葉、神奈川県などで転入超過となっています。 

高齢者の就業者数は730万人となり、12年連続で増加。就業者総数に占める割合は11.4%で過去最高となった。高齢者全体に占める就業者の割合を示す就業率は21.7%となり、主要国で最も高い水準になっています。

高齢者の世帯主を含む2人以上で構成する「高齢者世帯」の15年の1世帯当たり貯蓄現在高は、前年比69万円減の2430万円。
3年ぶりの減少で定期預金などが減りましたが、お年寄りはお金を持ってるものですね~。


 

「東日本大震災がなけばなんとかそのくらいは」と思ってる被災者は多いはずですが、災害で一気に全財産を失い、一気に貧乏になりましたからね。
 これも、生きて行くためには仕方がないことです。
生活再建で住宅や生業再建で大きな投資をしたのです。建設物価があがり2千万円では平屋も立たなくなりましたからね。その他の船や機械類など資材も高騰。 そして、
消費税アップが大きかったのです。

さて、この先高齢者の社会保障制度、医療、介護などはどうなっていくのでしょう。 大きく負担を強いられる事は間違いないでしょうね。

もう、締め付けは始まっています。まあ、ある程度健康であれば、75歳ぐらいまでは、生きがいや健康のために働けるでしょうが、やはり肉体は衰退していきます。

年金などは減額されてやはり、政治は死ぬまで働く事を強いてくるのは必然なんでしょうか?

以前のように「老後をゆったり、趣味などで楽しむ」ということはできない時代になっていくのでしょう。


安倍官邸は、東京オリンピックまでには、住民を帰還させようと必死になっているが、それはフクシマ県民をあまりにもバカにしてる。国民の人命尊重の精神など欠片もない。

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【帰還困難区域の帰還促進は、政府、行政の前のめりだ。再々除染しても放射線量下がらない? 帰っても生きては行けない。】
除染しても、何故放射線量はさがらないのか。
セシウムは、セシウム134とセシウム137が放出されているが、半減期は134が約2年、137が約30年と長い。



 事故から5年半が経過し、134は半分以下に減少したとみられるが、137は殆ど減少していないのが実情である。例え、半減したとしても完全に消える訳ではない。官邸は半減、半減と言っていかにも無くなるような議論をするが、完全に無くなるには、半減の2乗以上の年月がかかる。
 したがって、除染作業は、セシウムをどれだけ取り除けるかが重要になるが、土壌は表土除去や天地入れ替えなどである程度は効果は現れるが、屋根などに付着したセシウムは高圧洗浄などで洗い流したり、布で拭き取ったりしても完全に除去するのが難しい性質がある。また更に、地上の側溝など凹みの除染は完全にはできないため、危険スポットは無限にあると言っていい。
【図解】避難市町村の解除時期と原発20キロ圏
http://photo.kahoku.co.jp/…/06/12/01_20160612_63006/001.html

 県がまとめた住宅除染結果では、屋根などの表面で1分間に測定される放射線の数(cpm=カウント・パー・ミニッツ)は除染により、表土で50%下がったが、屋根は14%にとどまっている。無限にあり側溝や田んぼの水を分割する池などは、高い線量を示してるのが現実だ。
 県除染アドバイザーの井上正さんは「放射性物質は屋根表面の微細な穴などに入り込んでおり、側溝など凹みや田んぼの水を分割する池などの凹はの除染は完全にはできないため、危険スポットは無限にあるため、時間の経過とともに除去が難しくなっている」と指摘する。
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しかも除染土を入れているフレコンバックは、放射能の除染土用のものではなく、一般土木用のモノであり、メーカーは5年が限界と言っている。だから、破けて中の除染土がまたそこらじゅうに、落ちている。クレーンで吊れば、破けてしまうのは必死だ。
この前の大雨でも、川が反乱して破けてセシューム137は川に流れ出しただろう。

地方地自体の本分はそれは住民の財産と生命を守り、健康を守り抜く事が使命である
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このような、旧避難区域に人を住まわせようとするのは、行政の怠慢であり、住民の健康に考慮しない、言わば強制的な帰還を促してる。何故、健康に害がある地域に自治体も住民を戻そうとするのか? 地方地自体の本分は「自らを治める事にあり、それは住民の財産と生命を守り、健康を守り抜く事が使命である」そのことはたなあげして、こうした事をしてるのは私には解せないはなしだ。
避難住民はこのようなリスク情報を勉強しており、口コミで広がって知っている。
元の家に戻りたい願望が強いお年寄は別としても、若い人が戻る訳がない。しかも、ここでは買い物や病院、学校もないから不便で戻れないし、生業となるものはない。
避難生活して5年半で、そちらでの生活に馴染んで来てるのも事実であろう。ならば、そちらでの生活を重視して行くべきである。

とにかく、あのフクシマダイイチの立地してる、双葉町、大熊町、のほか富岡町、浪江町などは人が住めないと早期に判断し、自治体そのものを廃止町として、国営地とするしかないだろう。他に引き受けるところはありあえない。だから、中間貯蔵施設などの立地場所としたほうが放射性物資が拡散しないし、ベストな選択と私は思う。

国民の人命尊重の精神など欠片もない安倍官邸
官邸は、東京オリンピックまでには、住民を帰還させようと必死になっているが、それはフクシマ県民をあまりにもバカにしてる。国民の人命尊重の精神など欠片もない。
だから、どう考えても、政府や行政だけが前のめりになっているとしか思えない。健康を害するところに、いくら故郷とはいえ戻らないのはあたりまえの話である。
身勝手で弱者切り捨て、国民の生命軽視の安倍晋三自民党であることは今更いうまでもないが、狂ってるとしか思えない政治である。
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<準備宿泊>富岡帰還へ手探りのスタート

河北新報 9月19日(日)15時31分配信
東京電力福島第1原発事故で全域が避難区域にある福島県富岡町で17日、帰還に向けた長期滞在が可能となる「準備宿泊」が始まった。町が目標とする来年4月の帰還開始に向けた大きな一歩だが、登録は人口の1%未満。政府と町は課題を洗い出し、避難指示の解除時期を見極める。
 対象は避難指示解除準備区域と居住制限区域で、避難指示解除まで滞在が認められる。家屋の修繕などを円滑に進めてもらうのが目的で、富岡町が7例目。
 放射線量が高い帰還困難区域の住民は、同区域以外の知人宅などに泊まることができる。町は準備宿泊に合わせ、一時宿泊施設を開設。自宅再建を進める住民や、困難区域の被災者も泊まれるようにする。
 町によると、15日現在の登録者は119人(56世帯)で町人口の0.87%。事故から5年半が過ぎ、町外で自宅再建を図る住民が増加。帰還意欲の低下が登録率低迷の要因の一つという。家屋の荒廃や、除染後も放射線量が十分に下がらないことへの不安も根強い。

【東日本大震災で多くの被災者に元気と笑顔を届けたNHK朝ドラ「あまちゃん」 今度は台風10号被害の久慈市を慰問 】

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【東日本大震災で多くの被災者に元気と笑顔を届けたNHK朝ドラ「あまちゃん」 今度は台風10号被害の久慈市を慰問 】
芸名を「のんちゃん」こと、とした、能年玲奈ちゃんと渡辺えりさんが18日、ロケ地だった岩手県久慈市を訪れ、台風10号で被災した住民や商店主らを励ましました。
NHK朝ドラ「あまちゃん」は、震災の2年後の2013年(平成25年度)上半期にNHKで制作され、仮設住宅に住む、被災者に朝から笑顔と勇気を届けた番組です。あの、ドラマで被災者はどれだけ救われたことか・・。今思えばほんとにありがたいことでした。
 特にロケ地となった久慈市、田野畑村は全国からあまちゃんファンが訪れて盛り上がった事を思い出します。僕もエキストラとして数秒あの番組に出演していましが、スタッフ自体が素晴らしかった事を思い出します。
 さて、二人は久慈市の水害被害を見て回ったようですが、残念だったのは、新装オープン直後に被災した「あまちゃんハウス」では、ロケセットや衣装など展示品300点のほとんどが泥水をかぶり、泥だらけになったと聞き、絶句。
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その他、中心商店街を回り、ドラマゆかりの喫茶店や菓子店などに立ち寄ってその被害を目の当たりにして驚いていました。

 久慈市の秋まつりは、300年以上の歴史ある祭り、今回の台風10号と重なり、はじめて中止となり、能年玲奈ちゃんと渡辺えりさんはこれに参加することになっていたのに、出られないほどの被害を聴いて昨日駆けつけたのです。

 
最後に三鉄駅前には「お帰りセレモニー」があり、全国から約千人のファンが詰めかけました。のんさんは「ただいま! 久慈のみなさんが一日も早くパワフルな毎日を送れるよう願っています。また来年の祭りには参加させてください。その前にまた来るかもしれませんけど」と笑顔で激励。被災者も同時にはげました。

 
大阪から来た32歳の高田さんは「テレビでは岩泉町だけ報道してるので久慈市や宮古市がまさかこんな被害になってるとはおどろきました。あまちゃんは凄く思いでに残るドラマです。」と語っていました。
とかくマスコミは災害報道において、人的被害(死者、行方不明者)の多いところを集中してほうどうしますが、人的被害は少なくても、久慈市、宮古市のように被災者の数が多いところがあります。 まあ、仕方がないことなのかも知れませんが、今回の台風10号では、そういうことでジレンマも感じています。
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【のんさん、台風被災地を訪問 あまちゃんハウスでは絶句】
朝日新聞デジタル 9月19日(月)7時49分配信
http://www.asahi.com/articles/ASJ9L4FZPJ9LUJUB001.html
NHK連続テレビ小説あまちゃんに出演した女優、のん(本名・能年玲奈)さんと渡辺えりさんが18日、ロケ地だった岩手県久慈市を訪れ、台風10号で被災した住民や商店主らを励ました。
 ふたりは中心商店街を回り、ドラマゆかりの喫茶店や菓子店などに立ち寄っては店主らと再会を喜び合った。新装オープン直後に被災した「あまちゃんハウス」では、ロケセットや衣装など展示品300点のほとんどが泥水をかぶったと聞き、絶句していた。
 三陸鉄道久慈駅前ではお帰りセレモニーがあり、全国から約千人のファンが詰めかけた。のんさんは「ただいま! 久慈のみなさんが一日も早くパワフルな毎日を送れるよう願っています」と笑顔で激励。街を元気づけようと近くの交流施設でシャッターアートが企画され、のんさんもオリジナルの絵を描いた。
 青森県田子町から訪れた向井ハヨさん(73)は「玲奈ちゃんが大好きで久慈には毎年来ている。傷ついた久慈があまちゃんパワーで早く元気になってほしい」と話した。
 のんさんがゲスト参加する予定だった久慈秋まつりが台風被害で中止になったため、のんさん自ら希望して慰問が実現した。(阿部浩明)

【<台風10号被害の岩泉町>これはいいアイデア 幻の岩手国体の缶バッチ ボランティアなど支援者に配布。喜ばれる】

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【<台風10号被害の岩泉町>これはいいアイデア 幻の岩手国体の缶バッチ ボランティアなど支援者に配布。喜ばれる】
今日でシルバーウイークも終わり、沢山の方々のボランティアが来て下さり。台風を前にしてなんとか泥などは家や店内部から出されたようです。まだ、離れた集落などは残ってるようですが、これからのボランティアさんに期待しています。


さて、今年10月には岩手では国体が開催されます。

水害前の予定では【岩手国民体育大会会場地市町村マップ】
http://www.iwate2016.jp/kokutai/map
・久慈市(柔道 軟式野球) ・岩泉町(軟式野球) ・宮古市(レスリング シーカヤック)などです。これが、久慈市と岩泉の軟式野球はグランドがダメになり中止となりました。
岩泉町では国体に使おうとしていた写真の「缶バッチ」をボランティアのお礼に差し上げています。無くなり次第終了のようですが・。中止で使われなくなった缶バッチ。関係者は捨てるしかないと思っていたのですが、「岩泉支援者へ感謝のバッジ」として使ってはどうか。という事になり配布したらボランティアは大喜びしていました。
【写真=支援者に配布している缶バッジ。特産のマツタケを持っている】

昨日、ホテル羅賀荘の無料風呂に来ていた方もザックの付けて「これはいい記念になりますよね」と喜んでいました。
あのグラウンドでの10月開催はとても無理です。宮古市、久慈市の国体の競技は海と、高台にある体育館ですから大丈夫だと聴いています。
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【岩泉支援者へ感謝のバッジ 国体競技中止で町が配布】
岩手日報
 2016年9月19日
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20160919_9
岩泉町は、台風10号豪雨で中止した岩手国体軟式野球競技の観戦者にプレゼントする予定だった缶バッジを、復興支援で訪れた支援者に配っている。一時「まぼろしの缶バッジ」になりかけたが、町民の感謝を示すささやかな贈り物として喜ばれている。
 缶バッジは直径約3センチで、イラストをブログ「農家の嫁の事件簿」で知られる同町釜津田の農業三上亜希子さん(43)が担当。選手がバットの代わりに同町特産のマツタケを持っており、2700個製作していた。
 開催中止を受け、選手を応援する予定だった町内の児童生徒や、同競技を開催する他の6市町のスタッフに配布。町職員分を確保した上、残り約700個を復興支援で訪れた人に贈る。

【<台風10号>ボランティア 3市町のボランティア支援ありがとうございます。まだ、ニーズが変化しますのでこれから支援必要】

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【<台風10号>ボランティア 3市町のボランティア支援ありがとうございます。まだ、ニーズが変化しますのでこれから支援必要】

水害当時の夜の宮古市の画像です。


自分のblogで津波被害を受けた、2週間後を思いだしていました。
あの時も、僕は幸い早稲田大学「椎の森の会」・田野畑セミナーハウスのOB,OGなどからボランティア支援を頂き、漁具などを拾い集めて貰って家の前を片付けて貰っていた事を思い出します。
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ほんとにボランティアのちからはありがたいものです。
さて、今日で三連休も終わり沢山のボランティアの方々は帰っていくでしょう。
ボランティアセンターから聴くと、はやり東日本大震災でボランティア活動に来た方の再来が3分の2ぐらいだとはなしていました。
口々にあの「東日本大震災の現場を見た時はショックでした。そして今回の水害もこれまた自然の怖さを教えてくれた災害です。 あの東日本大震災の被災地が復興半ばで、また水害被害になるとは・。現場が気になって仕方が無かったですね」と語ってる方が多かったようです。
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災害現場は画像や動画では分かりません。実際に自分の目で見てその迫力を体感できます。
今でさえ、復興工事がだい
ぶ進んだ現場を見ても「実際に見たら全然写真とは違う」という方が殆どです。
昨年、9月の関東・東北豪雨で大規模な浸水被害に遭った茨城県常総市の市商工会青年部の有志16人が入った。浸水した家の床板を外し、泥をかき出した。青年部副部長の相山隆司さん(39)は「昨年は全国から支援を受け、ボランティアにも助けられた。一日も早く普通の生活を取り戻してもらえるよう恩返しがしたい」とその思いを語っていますが、恐らく、地球温暖化で気象の異常はこれからも必ずあると思います。
だから、いつ、どこで、どのような災害が起きるかわかないのですし、増して日本は地震大国です。
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僕が言うのも変ですが、「明日は我が身」と考えて置かなくてはならないのではないでしょうか・・?
都市直下、東南海大地震など叫ばれていますが、もういつ起きてもおかしくない時期です。やはり、そんな時は、はじめは人海戦術しかありません。遺体などがあるからです。
 そして、政府など国の動きはほんとに遅いです。被災自体やその社会福祉協議会などとの災害直後は動き活動して貰うしかありません。
この3日でだいぶ助かったとボランティア協会でも話していました。
これからも、時間が経過すれば必ず被災者ニーズは変わって行きます。
これからも、情報発信しますので、どうか宜しくお願いしたいと思います。
この3日間。ほんとにお疲れ様でした。まあ、明日から全くボランティアの方がいなくなるわけではありませんが。

人は一人では生きていけません。
相互尊重 相互理解 相互扶助 の心で生き抜かてイカなければなりませんね。

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【<台風10号>ボランティア 日常回復へ結集】
河北新報 2016年9月19日
http://www.kahoku.co.jp/tohokune…/201609/20160918_33010.html
台風10号豪雨で甚大な氾濫被害が出た岩手県岩泉町に17日、約450人のボランティアが駆け付けた。3連休とあって首都圏から訪れる人が目立ち、深刻だった人手不足はひとまず解消した。「昨年の関東豪雨で助けられた恩返し」「東日本大震災の時と同じ気持ちで応援する」。ボランティアたちはそれぞれの思いを胸に、民家内にたまった泥のかき出しや家財道具の片付けに汗を流した。
 午前8時すぎ、ボランティアを乗せたバスや車が岩泉町岩泉のボランティアセンターに続々と到着した。
 孤立状態の集落が残る町北部の安家(あっか)地区。昨年9月の関東・東北豪雨で大規模な浸水被害に遭った茨城県常総市の市商工会青年部の有志16人が入った。浸水した家の床板を外し、泥をかき出した。
 青年部副部長の相山隆司さん(39)は「昨年は全国から支援を受け、ボランティアにも助けられた。一日も早く普通の生活を取り戻してもらえるよう恩返しがしたい」と張り切った。
 西部の門地区では、東京都港区の介護士佐藤由紀子さん(40)が知人と一緒に活動した。流木と泥が積もった民家を見て「都内で岩泉の話はほとんど聞かない。思った以上に被害が大きい。もっと支援が必要だ」と驚いた様子で話した。
 泥かきを手伝ってもらった呉服店経営沢口和枝さん(77)は「一輪車を数回往復しただけで疲れてしまう。ボランティアが来るまで諦めていたので、本当にありがたい」と感謝した。
 乙茂地区の無職熊谷千歳さん(80)宅には、盛岡市の団体職員3人が訪れた。床下に約30センチ積もった泥を一輪車で仮置き場に運んだ。1週間前も同町に入った津内口達彦さん(30)は「前回は泥かきすらできない状況だった。少しずつ復旧は進んでいる」と語った。
 別の民家でごみを仕分けた千葉県東金市の千葉労働局職員織本幸江さん(25)は「震災後、何度もボランティアに入った。大量の流木や道路の陥没を見ると震災直後を思い出す。岩手が好きなので力になりたい」と笑顔を見せた。
 ボランティアたちは各地の山間部で、午後3時ごろまで活動した。町社会福祉協議会の担当者は「まだつかめていない支援ニーズは多い。ボランティアによる継続支援は不可欠」と話した。

【クリントン氏 安倍首相にTPP反対の考え伝える】 TPPは無かった事になることは濃厚。これは、日本の農林水産業だけではなく「金融、(医療、介護など雇用面)、殆どの産業」で朗報となる。

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「朗報」ー
【クリントン氏 安倍首相にTPP反対の考え伝える】
安倍総理大臣は、TPP=環太平洋パートナーシップ協定について、基本的価値を共有する各国が経済の絆を深めていくことは地域の安定にも資するなどとして意義を強調し、早期発効を目指す考えを示しました。しかし、これに対し、「雇用を奪うあらゆる貿易協定を阻止する」などとして、TPPに反対する考えを表明しているヒラリー・クリントン前国務長官は同様の考えを伝えました。
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 ただし、TPPをめぐっては、オバマ大統領は来年1月までのみずからの任期中に、アメリカ議会の承認を目指す考えを示しているが、反対議員が多く承認は困難な状況だ。
 まだ米大統領選挙はこれからだが、米大統領好捕者のクリントン氏の考えはTPPは「雇用を奪うあらゆる貿易協定を阻止する」などとして、反対姿勢を強調。言い出しっぺの米からまさかの反対。
傲慢な安倍晋三でも、この人までは敵に回せないでしょう。
国民を選挙で騙して強行したTPP。もう諦めたほうが良いですね。成立不可能でしょう。
それにしても安倍総理はクリントン氏とだけ会うのか?トランプ氏とも会っといた方が良いのでは?
安倍晋三は今や「私は日本の総理大臣であり、外務大臣と兼務。衆議院議長とも法務大臣とも、最高裁長官とも、そして、NHK会長とも、読売グループ、フジ産経グループの各社長も兼務してる。TPPもあと少しだったのにどうにもならない。アメリカ大統領候補にはどうあがいても負けます。
TPPは無かった事になることは濃厚。これは、日本の農林水産業だけではなく「金融、(医療、介護など雇用面)、殆どの産業」で朗報となる。
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【クリントン氏 安倍首相にTPP反対の考え伝える】
NHKウェブニュース 9月20日 10時27分
http://www3.nhk.or.jp/ne…/html/20160920/k10010695811000.html
アメリカを訪れている安倍総理大臣は日本時間の20日朝、アメリカ大統領選挙の民主党の候補、ヒラリー・クリントン前国務長官と会談し、TPP=環太平洋パートナーシップ協定の早期発効を目指す考えを示したのに対し、TPPに反対の考えを表明しているクリントン氏は同様の考えを伝えました。
ーー以下略ーー

【地元済生会病院と震災経験医療関係者の派遣を県に依頼すべき、心のケアは遅れては厄介になる。早期のケアが必要だ】

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【集落の孤立から昨日全てが解消された。だが、避難所では持病を持つ人、ストレスが溜まっているのは確実 早期の医療体制を】
 私は、どうしても5年半前の「東日本大震災の事が頭にこびりついているために、この台風10号の災害と比較してしまう。
だが、はやり同じ思いが蘇って来る。

 東日本大震災の場合は、もっと広い体育館で人数も多く、仮設住宅ができるまでは、半年以上の時間がかかった。
だから、3週間でのストレスなどは当然あったのだろうが、被災者はあの時はおそらく沢山の命を奪った地震や津波の恐ろしさをの方が先に立っていたように過去ブログからも感じる。

【三陸大津波ー安否確認できなかった。『その1日目携帯投稿記事 2011/3/27(日) 午前 7:09】
http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60450555.html
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【つづき、三陸大津波。安否確認できなかった。『その2』携帯投稿記事 2011/3/27(日) 午前 8:19】
http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60450696.html
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3週間といえば、雪が降りとても寒い3月だったし、収まらない大きな余震と繰り返された「津波注意報」。
 そして自衛隊員の遺体捜査が続き、遺体の遺族がなかなか判明しないようななかにいて、被災者の安否不明者もたくさんいた。
 遺体収容所にはどんどん遺体が溜まって行く一方だった。その度に、安否確認取れない人ではないかと線香の匂いのする収容所に行っては確認する作業が残された被災者の日課となっていた。
人間にとってあれほどのストレスがあろうかと今でも思う。
そして避難所では被災者は、右も左もわからず、現実として捉えられない恐怖と悲しみの中にいた。DMATのような医療チームの人でが回らず、小さな田野畑では全てが後回しにされた。
そして、
【東北大海嘯。~被災者の心のケアを…。 携帯投稿記事 2011/4/1(金) 午前 7:12】
http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60462703.html
引用:「さて、今回の大津波。目の前で、肉親が瓦礫の泥波に流れたねを見た人々が沢山いる。僕の自分の漁の事故からのPTSDとは、比にならないと思う。 
 昨日の夜、村の避難所に行ってみた。やはり、津波のことが頭から離れず、日ごとに不眠を訴える人たちがいた。本人はプライバシーのない集団生活が原因と勘違いしている気がした。僕は医師ではないただ急性のPTSDの経験者だ。この人たちを慢性のPTSDにしてはいけない。これからは、物資の支援と合わせて心のケアが必要だと痛感した。※転載、コピペして拡散お願いします。」ーー以下略ーー
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と記してある。この頃からようやく避難所のことが気になり記事にしたのだろうと思う。
あの時は、時の軸と出来事の軸がハッキリセずにウル覚え担っているのだ。

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【地元済生会病院と震災経験医療関係者の派遣を県に依頼すべき、心のケアは遅れては厄介になる。早期のケアが必要だ】
さて、岩泉町の三週間目でのストレス表面化は理解できる。はじめて襲うストレスなのかも知れない。
これからは、被災地の復旧よりも、せっかく助かった命を無駄にしない事が優先される。被災者の人たちの心身のケアだろう。
それでも、岩泉には「済生会病院」があり機能してるからなんとでもなる。
共同生活でストレスをため、心身の不調を訴える声が増えるのは当然だ。今後の生活への不安や不眠を訴える人が多く、乳幼児が騒がないように母親は相当気を使ってストレスをタメているのは間違いないだろう。

そこで、町は「済生会病院」などから看護師らを派遣してケアに当たっているが、やはり、人手がたりないので大変なストレスが今度は看護婦、医療関係者にかかるのでそこは注意が必要だと思う。
 いろいろな手は打ってはいるのかも知れないが、やはりこんな時は県に依頼して看護婦、臨床心理士など派遣してもらうしかないだろう。宮古市、久慈市の罹災してるのであてにはならないのではないだろうか? 内陸の県立病院からの派遣での対応しかないように思う。
 津波でもそうだったが、水が引いた後のあの悲惨な光景が目に焼き付きPTSD(心的外傷後ストレルショック傷害)になってる人もいるように感じる。不眠などはその症状の一つだ。
 岩手医療関係者には、東日本大震災での経験を持つ人が被災自治体職員同様に沢山いる。

 これから、そうした経験と地検を持ち合わせた人材はいるわけで、そうした医療関係者をドンドン送り込んで欲しい。
仮設住宅に移ればかなり、プライバシーも保護されて、ストレスも少なくなるはずである。

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【<台風10号>避難長期化 ストレス表面化】
河北新報  2016年9月20日
http://www.kahoku.co.jp/tohokune…/201609/20160920_33008.html
台風10号豪雨被害から3週間となる岩手県岩泉町で、長期化する避難所生活に被災住民が疲労の色を濃くしている。共同生活でストレスをため、心身の不調を訴える声が増えており、町は看護師らを派遣してケアに当たる。生活基盤の復旧が長引いているため、町は被災を免れた世帯を含め全約4500世帯を対象に健康訪問調査を開始。町民の健康維持に全力を挙げる。
 「知らない人と寝起きを共にするのは気苦労が絶えない。日増しに疲れがたまっていく」。124人が避難する岩泉町民会館に、1人で身を寄せる同町岩泉向町の無職佐々木エミさん(74)が打ち明ける。
 自宅1階の天井近くまで浸水。2階に逃れ、翌朝、消防士に救出された。脳梗塞と糖尿病を患い、薬の服用とインスリンの注射が欠かせない。保健師がすぐに手配してくれたが、慣れない環境の中、持病の悪化を心配する。
 町内では19日現在、4カ所の避難所に計343人が暮らす。被災から3週間となり、当初は気が張り詰めて抑えられていた心身のストレスが表面化する懸念がある。避難所では相談コーナーや健康管理コーナーを設け、社会福祉士や看護師らが目配りする。
 町民会館に派遣された済生会岩泉病院の看護師有原裕子さん(33)は「今後の生活への不安や不眠を訴える人が多い。お年寄りの血圧は被災前より高く、乳幼児が騒がないように母親は相当気を使っている」と現状を説明する。
 町は7日から、在宅被災者や被災しなかった住民を含めた訪問調査に乗り出している。岩手県健康国保課によると、今月末まで各市町村から延べ約280人の保健師を投入し、全世帯を回る。
 同課の担当者は「全体像を把握し、被災の有無にかかわらず支援の必要があるかどうか確認する」と話す。

西のともからの通信 「今日は9月21日は「国際平和デー」憲法9条「戦争放棄」は人としての「平和を切望する条文」時代によったり、周辺の変化によって変わることのない、人社会の崇高な思想です。

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今日は9月21日は「国際平和デー:The International Day of Peace 」です。 
憲法9条「戦争放棄」は人としての「平和を切望する条文」時代によったり、周辺の変化によって変わることのない、人社会の崇高な思想です。永久に変えてはならない条文だと思います。
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東の友へ、今夜の魔法通信です。今回の台風も私の住む地域にはほとんど影響なく過ぎていきました。きんちゃんの地域も直撃ではないようでホッとしています。でも秋の長雨の時期ですから、引き続き油断しないで、備えをしましょうね。
今日は9月21日は「国際平和デー:The International Day of Peace 」です。コスタリカの発案で1981年の国連総会において制定されたそうです。2002年からは「世界の停戦と非暴力の日」ということで、この日一日は敵対行為を停止するよう事務総長が「平和の鐘」を鳴らし世界に呼びかけます。
せめて明日9月21日の間は、誰も戦争で命を落としたり、暴力で傷つくことがないようにと願います。そして私たちひとりひとりが、穏やかに平和に過ごすことを願います。

たとえば美味しいものを食べてお腹がいっぱいだったら。たとえば美しい花が咲いているところでゆったりと座っていたら。たとえば隣で赤ちゃんがすやすやと眠っていたら。たとえば犬や猫が遊んでほしくて鼻を押し付けてきたら。たとえばみんなが相手を思いやって、相手を褒める優しい言葉だけを使っていたら。たとえばみんなが思わずつられて笑ってしまうような笑顔でいたら。そこで戦いや暴力は起こらないでしょう。そんな一日になることを心から願っています。

きんちゃん、みなさん、そんな明日が実現させましょうね。おやすみなさい(@^^)/~~~

ー私のRe:ーーーーーーーーーーーーー
みどりちゃん。台風16号は運良く進路を下げて、東北には影響なく、すぎて行き、胸を撫で下ろしています。ここで、雨が降れば待ちがなく二次災害となったと思います。良かったです。

そうですね。今日は「9月21日は「国際平和デー」ですね。
コスタリカは、1949年に、常備軍を廃止する憲法を成立させ常備軍を持たない国となったが、同じく憲法によって非常時徴兵を規定している国ですが、最近はやはり、隣国などの動きでそれも変化してきてるようです。

さて、「国際平和デー」。素晴らしい日ですね。
今日1日だけでなく、永久に地球上から世界の戦争と非暴力が無くなって欲しいなあと思います。しかし、人類は愚かなものですね。自国、集団の言い分が認めなれなければ、すぐに戦争やISのような人を殺害するような事を実行します。 日本に目を向けても、これが、戦国時代のように日本でも領土(食の安定)と地位のために戦をおこなってきた歴史があります。

 これの「戦う人間の本能」は何なのでしょう。
古来は「食の確保」のために戦ったとされていますが。明治時代の頃から「人間のあらゆる欲望、思想、あるいは布教拡大? 自己顕示欲」から戦争や内紛、暴力が続いているように感じます。 

今の日本は憲法9条「戦争放棄」という素晴らしい憲法を持って、「民主主義の国」として二次大戦後71年間歩んできました。それが、今、安倍自民党などによって立憲主義を無視した法案が通過してマスコミも報道規制をして、言論の自由までも奪われそうな、まるで戦前と同じような日本になってきています。

71年経過して、たしかに世界は大きく変化はしていますが、
憲法9条「戦争放棄」は人としての「平和を切望する条文」で、時代によったり、周辺の変化によって変わることのない、人社会の崇高な思想です。永久に変えてはならない条文だと思います。
人と人が殺し合う、戦争と暴力は地球上から無くなって欲しいですね。
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